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神戸家庭裁判所 昭和46年(少)243号 決定

少年 R・O(昭二六・一〇・一〇生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

第一、非行事実(罪となる事実)

少年は、

1(イ)  自動車運転の業務に従事するものでありたるところ、昭和四四年一一月二三日午前零時三〇分頃軽四輪乗用車を運転して神戸市難区○○○丁目○番○号先道路上を時速約六〇キロメートルで南進していたが、同所は左に約三〇度の曲線をなし、下り勾配約六度の道路であり、しかも当時は降雨後のため路面が湿潤し車輪が滑走しやすい状況にあつたから、運転者としては速度を調節し急激な制動措置、ハンドル操作を避けるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然同一速度のまま同地点に到り、ハンドルを急激に左に切つた過失により、約六八・二メートル右斜方に自車を滑走させ道路右側端の鉄柱に激突し、同乗車の○野○子(当一六歳)に加療約四週間を要する脳震盪、左頭蓋内出血等の傷害を、○岡○彦(当一八歳)に加療約二週間を要する頭部外傷II型等の傷害をそれぞれ負わせ、

(ロ)  前記、日時場所において、公安委員会の運転免許を受けないで前記車両を運転し、

(ハ)  前記(イ)記載のとおり交通事故を起したのに、その日時場所等法令の定める事項をもよりの警察署の警察官に報告せず

2(イ)  同四六年一月九日午後四時頃○井○(当一八歳)と共謀のうえ同市垂水区○○町○○神社境内において、同市○水ショッピングセンターより連れてきた○村○(当一八歳)に対し、要求に応じない場合には、いかなる危害をも加えかねない態度を示し「金をかせ」と申し向けて同人を畏怖させ、即時同所において、現金二、〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取し、

(ロ)  同月一二日、午後四時一〇分頃、前記○井○、他二名と共謀のうえ、同区○○町○番所属の空地内において前記(イ)同様の手段で○本○介(当一五歳)○坂○昭(当一五歳)を脅迫して畏怖させ、即時同所において、○本から男物腕時計一個(時価約一〇、〇〇〇円相当)を、○坂から男物腕時計一個(時価約一〇、〇〇〇円相当)、学生証一通の交付を受けてこれを喝取し、

(ハ)  同月一九日午後六時一〇分頃前記○井○外一名と共謀のうえ、同区○○○○丁目○○橋胃腸医院前路上において、前記(イ)同様の手段で○谷○司(当一五歳)を脅迫して畏怖させ、即時同所において同人から、男物腕時計一個(時価約五、〇〇〇円相当)の交付を受けてこれを喝取し、

(ニ)  同日午後六時二〇分頃、前記○井○他一名と共謀のうえ、同区○○○○丁目○番先路上において、○藤○雄(当一六歳)○南○章(当一五歳)、○藤○随(当一六歳)に対し、前記(イ)同様の手段で脅迫して畏怖させ、○藤から男物腕時計一個(時価五、〇〇〇円相当)現金二〇〇円、○藤から男物腕時計一個(時価不明)○南から現金二〇〇円の交付を受けてこれを喝取し、

(ホ)  同月二〇日午後六時一五分頃前記○井○他三名と共謀のうえ同区○○○○丁目○番先路上において、○松○司(当一六歳)、○野○己(当一七歳)、○村○二(当一八歳)に対し、前記(イ)同様の手段で脅迫して畏怖させ、それぞれ腕時計各一個(時価合計一四、〇〇〇円相当)○松から現金四〇〇円、○野から現金二七〇円、○村から現金二五〇円の交付を受けてこれを喝取し

たものである。

第二、事実に適用される法令

1  1の(イ) につき刑法二一一条前段(業務上過失傷害)

(ロ) につき道路交通法一一八条一項一号、六四条(無免許運転)

(ハ) につき同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段(事故報告義務違反)

2  2の各事実につき刑法二四九条(恐喝)、六〇条(共同正犯)

第三、中等少年院送致を相当とする理由

1  少年は交通事犯以外の一般非行については本件が初回係属であるが、昭和四三年八月以来二年余の間に本件を含めて業過致死一回、業過傷害二回、道交法違反一〇回、道路運送車両法違反一回の各交通関係非行による家裁送致を受け当庁において試験観察(二回)を経て同四四年一〇月一六日には保護観察に付されていたものであるが更に、同乗者を、死亡事故により失つて二ヵ月後には本件1の無免許運転による業過傷害事件を起し、又、本件2の恐喝事件に際しても少年が無免許運転する軽乗用車を利用したりしていたものであり、車両運転に対する異常な興味を持ち、違反、事故を反覆するもその社会的意味の理解、反省も全くなされていない。

2  少年は昭和四二年に中卒後、各種学校(自動車整備関係)に入学し、以後自動二輪車に関心を持ち、単車を利用する不良交友グループと行動を共にすることが多くなり、職業も運転助手、店員等長くて半年位、短くて1、2週間で転職すること約一〇回を数え、同四五年一二月からは職業にも就かず、家出中の少年等と本件各非行を共にし、自動車に泊つたりして徒遊する生活を続けていた。

3  少年の知能は普通域(I、Q一〇一)にありながら、その性格は過感神経質であるが、家庭の基本的しつけがなされていないため未成熟で社会性に欠け、派手に自己中心的な欲求の充足を求めて行動しその行動に対しては責任感、内省心に乏しく従つて、社会生活への自信も生ぜず、これが職場不適応、転・怠職、グループ交遊・非行反覆の要因となつており多分に矯正を要するものを有している。

4  少年の家庭は母親欠損、父親病弱の状態が続き、生活維持に手一杯であり、祖母等により養育されたが、少年に必要な暖く愛情のあり、厳しい是非善悪についての指導はなされず、今後もこれを期待し得ない。

5  以上の少年の経歴、性格、環境、本件事案の内容から考えて、この際、少年を収容処分とし、規律ある団体的生活訓練を通じて、その性格の矯正と堅実な社会人としての自覚(特に自動車利用の意味と心構え)及び意欲を涵養し、その健全な育成を図ることが緊要である。但し、少年の資質、一般非行についてはさ程の非行性の深化は認められないことを考慮して、少年院の種別は、中等少年院の短期処遇課程(B1)が相当と考えられる。

第四、処分の対象としない事実及び理由

1  検察官送致事実中「少年は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四四年九月二一日午後三時一五分頃、軽二輪自動車を運転して兵庫県津名郡○○町○○○の○番地先の幅員六・七五メートルの道路を時速約七〇キロメートルで西進し、左に曲線を描いている曲りかど附近にさしかかつたが、かかる場合自動車運転者としては左側通行により、減速徐行して不測の事故発生を未然に防止しなければならない義務があるのにこれを怠り、前記速度のまま進行した過失により道路の曲りかどで自車を道路中央部に進行せしめた際、前輪のパンクにより車両の安定を失い右側へ傾いたが何等の事故回避措置もとれず対向車線側へ滑走し、後部シートに同乗していた○月○(当一六歳)を路上に転落せしめ、おりから進行してきた対向の○山○樹運転の普通貨物自動車の後輪で同女の頭部が轢かれ頭部轢創により同女を即死させた」との点については以下の理由により、これを少年の保護処分の対象としない。

2  本送致事実に関する一件記録及び少年の当審判廷における供述によれば、次の各事実を認めることができる。

すなわち、少年は自動車運転の業務に従事するものであるが、上記送致事実記載の日時、場所において、自動二輪車の後部シートに上記女子を同乗させ時速約七〇キロメートルで西進していたが同所で自車が対向車線側へセンター・ライン上まで滑走し、同女が転落し、折りから対向してきた普通貸物自動車に同女の頭部が轢かれて即死した事実は明らかである。又、少年が、同地点までは、道路の左側端より約二・一メートルのところを時速約七〇キロメートルで進行していたが、自車が同地点でセンター・ライン附近まで滑走した原因は、同車の前車輪がパンクして空気が洩れはじめ左右にハンドルをとられだしたのを覚知し、約一四メートル進行後、完全に空気が洩れ、走行の自由を全く失いスリップして約一六メートル右斜方に逸走した結果であり、同車パンクの原因は、かなり以前に走行中に何らかの固形物による衝激でタイヤとチューブに亀裂が入り、その後の運転の継続により、タイヤ等が摩滅し、自然に亀裂が拡がつたため事故現場に到り突然パンクしたものであり、その様な傷跡の事前の発見は、通常の始業点検をもつてしても困難なものであると認められる。更に同所附近の道路状況は、幅員六・七五メートルの人車道の区別のない道路で、白ペイントで、センター・ラインを引かれてアスファルト舗装がなされ道路両側には人家等視界を妨げる障害物のない平担な路面が続き見通しは極めてよいが現場に至る約三〇メートル手前地点より北側に向つてゆるい右カーブ(半径約一〇〇メートル、カーブに至るまでの直線とカーブを過ぎた直線を延長させ交差すると三四度の角度差となる)をなしており、規制速度は時速六〇キロメートルとなつており、一時間平均一五〇台の車両交通量(四四年五月調査結果)を有していた国道であり、当時は晴天で路面は乾燥していた。

3  以上認定の各事実を総合して、少年に本件事故につき過失責任があるか否かを検討する。

本件事故現場にさしかかり、少年が自車のパンクを覚知し自車の走行の自由を失うまでの時間は約〇・七秒(前記認定の時速七〇キロメートル距離一四メートルの間)、走行の自由を失いスリップしたのが〇・八秒間(同速で距離一六メートル)の間隔があり、この極めて短時間の一瞬時後に単車がセンター・ライン上附近にきて、本件の事故となつたのであるが、この間に即時停車等事故回避措置義務を要求することは、必要な反射時間、空走時間、制動時間を考えても、酷に失し、この点につき、少年に上記義務違反ありと認めることは困難である。

そこで、その他の点、特に上記地点に至り、パンクを生ずる直前までの少年の運転に過失がないかを考えると同乗者があり道路のカーブ附近を制限速度を約一〇キロメートル超過しての運転であり、運転態度として問題はあり、これが本件事故の一因をなしていることは否めないが、道路が曲線をなしていると言つても前記認定の如く極めて見とおしのよいゆるやかなカーブであり、パンクを生ずる地点までは、道路の左側端より約二・一メートルのところを走行してきたものであること、その他前記道路の状況を考慮すると通常この程度の速度超過、道路左側から離れていたことにつき直ちに単車等の運転者として事故回避に必要な注意義務を欠いていたとは断じられないものと考えられる。

以上要するに、本件事故の発生は通常予見することの困難な単車の前車輪のパンクによつて、単車が道路左側端から、二・一メートルの地点よりセンター・ライン上まで滑走したという異例の突発的事態の発生に主要な原因が存するのであつて、上記事態の発生及びそれまでの運転態度等その余の点に関し、少年に運転者として法律上の注意義務違反と目されるものは認めることはできない。従つて、本件業務上過失致死の送致事実については、少年に過失ありと認めるに足る証拠がなく「非行なし」と言わなければならない。

4  そこで上記送致事実については、少年が非行をなしたことが認められず、少年法二三条二項の少年を処分することができない場合に該当するが、少年については、前記の他の各非行事実及び少年の要保護性により、主文掲記の処分をすべき理由があり、少年単位に処分がなされる保護事件の性質上、更に本送致事実についてのみ特段の不処分決定の必要はないと解されるのでこれをしない。

よつて少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 松村恒)

参考 検察官再送致書

様式第一一七号

(少年法第四五条 少年審判規則第八条 規程第八〇条)

送致書(乙)

(罪名)

業務上過失致死

業務上過失傷害

道路交通法違反

(氏名)R・O

右少年事件は貴裁判所から刑事処分を相当とするものとして送致を受けたが、そのうち業務上過失致死事件については左記の理由により訴追を相当でないと思料するので右事件を更に送致する。

業務上過失傷害、道路交通法違反については刑事処分相当。

昭和四五年一一月三〇日

神戸地方検察庁

検察官 検事渡部史郎〈印〉

神戸家庭裁判所 殿

理由

一、業務上過失致死事件は

1 自動車修理業浜田又三の鑑定結果によれば、被疑者が自動二輪車を運転中、前車輪が突然パンクして空気が抜けたため走行の自由を失いハンドルを右にとられて右斜めに逸走したことが事故原因であつたことが認められる。

2 さらに右浜田および県警本部科学検査所技術吏員河合一郎の各鑑定結果によれば、前車輪のパンク原因はかなり以前に生じたもので、走行中に堅い石の角に前車輪を突き当てその衝撃でタイヤとチューブに亀裂が入り、その後の運転によりタイヤ・チューブが摩擦して自然に傷跡が拡がつたため、事故現場にさしかかつたさい突然パンクしたものと認められる。

そのタイヤ・チューブの傷跡の事前発見は通常の始業点検においては発見が困難であつた。

3 被疑者は前車輪のパンクし始めたことを左右にハンドルをとられ始めたことにより覚知したが、約一四米進行後(法定速度時速五〇粁においても時間にして約一秒経過後)完全にパンクして走行の自由を失い、自車を約一六米右斜めに逸走させて対向車に自車を衝突せしめて本件事故を発生させたのであるが、パンクの覚知と事故発生まで一瞬時の出来事であつて明石自動車運転試験場細見技官の意見によるも、本件のような状況下において自動車運転者に対し即時停車等の事故回避義務を要求することは極めて酷に失するものであつて、もし前車輪のパンクが起きさえしなかつたなら被疑者の車は完全に直進し事故の発生をみなかつたであろうことが考えられるものである。

したがつて本件被疑者に対しては刑事責任を問いうるだけの過失のあつたことを認めるに足る十分な証拠がない。

二、よつて表記のとおり業務上過失傷害・道路交通法違反については刑事処分相当と思料する。

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